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気管にできた腺様嚢胞癌と闘う母の記録

私(娘)が感じていたサイン。


母の喉に違和感が出だしたのは、2017年の夏頃から。
最初はいがらっぽいとか、なんかちょっと変だなくらいの違和感。(だったと思う)

8月の終わりくらいに近所の耳鼻科に何回か通院してたけど、
『喉診てもらったけどキレイだって』って言ってたし、私もそこまで気にしてなかった。

あれ??って思ったのは、9月後半か10月だったかな。
一緒に買い物に行った時、エレベーターの中でなんか『ヒューヒュー』っていう音が気になって。
なんの音だろ?って振り向いたら、後ろに立ってた母の呼吸の音だった。
『え?その音ってお母さんの喉の音なの!?』ってビックリしたのを覚えてる。
でもまだ、エレベーターの静かな空間にいたから気になる程度。
この頃にはもう内科で喘息って診断されてたと思う。

この呼吸のヒューヒューの音は日に日に大きくなってきて、痰もよく出るようになり、
11月頃には寝る時は枕やクッションを3つくらい重ねて頭を高くしないと寝られなくなっていた。
それでも寝られないとソファーで座った状態で寝たり。

喘息の薬を飲んでも吸入をしても全然良くならず、
それほんとに喘息??
もしかしたら肺かもしれないしレントゲンとか撮ってもらえば?
甲状腺かもしれないから検査してもらえば?
と言って、かかりつけの内科で検査してもらったけど、レントゲンでも血液検査でも特に異常なし。

その時には既に腫瘍が気管を塞いでたはずなのに、レントゲンや血液検査じゃ分からないんだ。。。

12月半ばに母が私の家に泊まった時は、さぁ寝ようって時に痰が絡んで咳込みだして発作みたいにな状態になった。
お水を飲んだり背中をさすったりのど飴舐めたりしてるうちに落ち着いたんだけど、
今思えば、腫瘍が気管を塞いで呼吸困難寸前な状態だったんだろう。


こうして書き出すと、いろんなサインが出ていた。
もっと早く大きな病院で診てもらっていれば。
行けば?って言うだけじゃなくて、どうして無理矢理にでも他の病院に連れて行かなかったんだろうか。
今となっては後悔することばかり。
だけどその時はまさかこんなことになってるなんて思いもしなかったんだよね。

by necorin29 | 2018-02-14 20:05 | Comments(0)